エッセイ

『外国政府によるサイバー空間を通じた選挙介入: 2016年米大統領選挙と2018年台湾統一地方選挙 』

執筆者: 東京海上日動リスクコンサルティング 上級主任研究員 川口 貴久

(本稿は、サントリー文化財団による研究助成プロジェクト「デジタル民主主義と選挙干渉:日本とアジアにおける選挙干渉のリスクと脆弱性」の成果の一部である。本稿の見解は執筆者個人に帰属するもので、所属する組織・グループを代表するものではない。)

1.ロシアによる2016年米国大統領選挙介入[1]

(1)何が起きたのか?

 モラー(Robert S. Mueller, III)特別検察官の捜査報告書、起訴状、情報機関の報告書等によれば、ロシアによる2016年米大統領選への介入は3つの手法に大別できる。

 第一に、サイバー攻撃による候補者や政党等の機密情報の窃取と暴露である。攻撃者はフィッシングメール攻撃[2]を端緒に、米民主党議会選挙委員会(DCCC)、米民主党全国委員会(DNC)、ヒラリー・クリントン候補選挙対策事務所等の民主党関係機関、共和党全国委員会(RNC)に侵入し、機密情報を窃取した。そして、収集した機密情報をWikiLeaksや自らが作り上げたウェブサイトDCLeaks.com上で暴露した。

第二に、各種メディアを用いた影響工作・浸透工作(influence operation)である。サンクトペテルブルグに所在するInternet Research Agency(IRA)社はFacebook、Twitter、Instagram、YouTube等で様々なメッセージや偽情報を発信し、また大量の政治広告を購入した。IRA社のスタッフが手動で投稿することもあれば、自動化されたプログラムを用いることもあった。こうした影響工作は単にクリントン候補を貶めただけではない。IRA社が投稿したコンテンツの大部分(Facebookへの投稿の92.9%,Instagramへの投稿の81.9%,Twitterへの投稿の94.0%)は「クリントン」「トランプ」に言及せず、米国社会・有権者の分断を促すような移民、人種、銃規制、ジェンダー等に係るものであった[3]。政府系メディア(RTやSputnik)もこうしたメッセージを拡散した。

第三に、選挙関連システムへの攻撃である。各州の選挙管理委員会ウェブサイトや関連システム(有権者データベース等)、それらのベンダー企業への攻撃が確認された。投票結果の改竄も懸念されていたが、2016年8月までに、ジョンソン(Jeh Johnson)国土安全保障省長官が改竄のリスクは「不可能ではないが、可能性は低い」旨と評価した。

 米オバマ政権は、比較的早い段階(遅くとも2016年7月)でDNCへの攻撃等と機密情報の暴露、選挙関連システムへの探索行為を認識し、ロシア政府との関連を認めていた。しかし、米政府が初めて公式声明を発したのは投票日(11月8日)の僅か1か月前、クラッパー国家情報長官とジョンソンDHS長官の共同声明(10月7日)であった。加えて、この声明では、IRA社による偽情報流布や政治広告については触れていない。オバマ政権は有権者の民意形成に影響を与えるこの種の攻撃について認識できていなかった。

(2)狙いは何だったのか?

 ロシアによる干渉がどれほど有権者の投票行動に影響を与えたのか、実際に選挙結果を変えたのかは分からない。しかし、現在でもトランプ大統領の正統性に疑問を抱くものがいることや投票後の政治混乱をふまえると、攻撃者の狙いはある程度達成されたようにみえる。何故なら、ロシアによる選挙介入の目的は特定候補者の当落にとどまらず、「民主主義への信頼」を損ねることだったからだ。

米国家情報長官室(ODNI)はオバマ大統領の任期満了となる2017年1月、「ロシアの最近の米大統領選挙における活動と意図の評価」と題した報告書を公開する。報告書は「ロシアの意図」を「米国の民主プロセスに対する公衆の信頼を貶めること」「ヒラリー・クリントン候補を負かすこと」「ドナルド・トランプ候補を勝たせること」としている。

言い換えれば、ロシアによる介入は米国内で2つの政治不信を高める狙いがあった。政治学で議論される「政治不信(political distrust)」には2つの理念型がある。1つは政治家個人や政策等の「特定対象」への不信であるが、こうした政治不信は民主主義の枠組みで政権交代や選挙を通じて回復可能である。もう1つは民主主義等の「政治制度」への不信であり、この不信は制度内では解決できない[4]。レイFBI長官は2018年10月19日、IRA幹部を起訴するにあたり、「米国の敵対者は、社会的・政治的分断を生じさせ、政治システムにおける不信を拡散し、特定候補者の支持・落選を主張することで、我々の民主主義に干渉」と指摘した。別の起訴(2018年2月16日付起訴状)では、IRA社らは「政治システム全般と候補者への不信を拡大する」ことを目的に、いわゆる「情報戦争」を遂行した、と判断された。

2.中国による2018年台湾統一地方選挙介入

(1)中国による台湾選挙への介入

外国政府による介入が確認されたのは2016年米大統領選だけではない。2016年の英BREXITに関する国民投票、2017年の仏大統領選、独連邦議会選でもロシアによる干渉があった可能性が高い。

介入するのはロシアだけではない。米情報コミュニティは、2018年米中間選挙への干渉を調査・分析し、ロシア、中国、イランが影響工作を試みたと判断した。

 中国については、蔡英文総統が2019年の新年談話で「中国が台湾の民主的システムの開放性と自由を利用して、台湾の政治と社会に干渉しようと試みている」とし、「今や台湾が直面する最大の課題」と論じた。台湾の公安事案・防諜を主管する法務部調査局の呂文忠局長は立法院内政委員会での答弁で、2018年11月の台湾統一地方選(九合一選挙)で「外国勢力による選挙介入」を把握し、外国勢力とは「中国」であると明言する[5]

 中国による台湾選挙への介入は米トランプ政権閣僚・高官も指摘しているが、実態はよく分からない。しかし、台湾への介入は今に始まったことではないし、サイバー空間に限定されない。中国は1996年台湾総統選に先立ち、大規模軍事演習を実施し(いわゆる「武嚇」)、2000年総統選では強硬発言・文章によって台湾独立派を牽制した(「文攻」)。こうした台湾選挙への干渉は、サイバー空間を利用した干渉も含めて、中国による「祖国の平和的統一」の文脈および「統一戦線工作」の一環として、捉えるべきである[6]

(2)サイバー空間を通じた2018年統一地方選への介入 [7]

2018年台湾統一地方選挙でサイバー空間を経由した干渉の可能性があるのは、高雄市長選挙である。民進党の牙城とみられていた高雄市長選では、前評判が低かった国民党候補の韓国瑜氏が当選した。投票日の直前(11月15日)に公開されたYouTube動画「王世堅大戰韓國瑜 竟讓柯文哲笑到翻過去」は再生数が伸び、結果的に1,500万回再生された。台湾の人口が2,300万人、高雄市の人口が280万人(有権者はより少ない)という点を考えると、この再生回数は自然なものではなく、何らかの作為が働いた可能性が高い。

問題は「作為」の発信源である。これが純粋に台湾有権者によるものなのか、中国の関与があったのかで意味合いは大きく変わる。それゆえ、アトリビューション(攻撃の発信源・攻撃者を特定すること)が決定的に重要となる。

台湾在住のジャーナリストのホワン氏は公開情報分析(OSINT)によって韓候補をSNS上で応援したグループと中国の関連を指摘する[8]。米セキュリティ大手FireEyeのシニアアナリストのプラン氏も、中国がサイバー攻撃を通じて台湾の選挙に干渉した可能性を示す[9]

こうした事態を受け、統一地方選後、蔡政権は百度傘下の動画共有サービス「愛奇芸(iQIYI)」を台湾市場から撤退に追い込む方針を固め、テンセント系の動画配信サービス「騰訊視頻(Tencent Video)」の台湾進出を阻止すると報じられた(日本経済新聞、2019年5月8日)。

介入のプラットフォームは動画サービスだけではない。マルコ・ルビオ氏ら6名の上院議員がトランプ政権閣僚にあてた書簡(2018年12月13日)によれば、台湾当局は中国共産党がFacebook、LINE、PTT(批踢踢、台湾の掲示板)等プラットフォームを利用して、偽情報を拡散したと主張している。蔡総統も産経新聞の取材(2019年3月2日)に対して、2018年統一地方選で、中国の「網軍(筆者注:サイバー部隊)」と台湾野党は「協力関係にあった」との認識を示した。

(3)オフラインでの2018年統一地方選への介入

 前述のとおり、介入はサイバー空間に限定されない。台湾法務部調査局の呂局長は、2018年10月22日時点で中国が干渉した疑いのある事案(一部は起訴)を33件把握していると述べた。具体的には、候補者や支援者を中国本土への旅行に招待したり、候補者に資金提供するといった事案である[10]。これは中国の人民やエンティティからの資金提供を禁ずる政治献金法(2014年制定)や台湾地区大陸地区人民関係条例(1992年制定)に違反している可能性がある。中国国務院台湾事務弁公室報道官はこれを「でたらめ」と一蹴している。

 中国による台湾メディアへの浸透も介入の主たる構成要素である[11]。旺旺グループ傘下の中天電視(CTiTV)は2019年3月、前年の統一地方選期間中、韓候補に偏った報道が衛星広播電視法(放送法)に違反として100万台湾ドルの罰金を科せられた。英フィナンシャル・タイムズ紙の取材(2019年7月15日)によれば、CTiTVおよび中国時報(旺旺グループ傘下の大手日刊紙)の編集責任者は、中国国務院台湾事務弁公室から直接指示を受けている。こうした各種介入は、人民解放軍将校らが提唱する「超限戦(unrestricted warfare)」、つまりあらゆる手段による戦争遂行を体現している。

3.選挙介入と日本

 では日本はどうか。公開情報によれば、これまでの日本の国政選挙に対し、「外国政府」が「サイバー空間」を利用して大規模な干渉を行ったとは判断できない。しかし、将来、仮に憲法改正に関わる国民投票が行われるならば、それは間違いなく国論を二分するものであり、潜在的な敵対者にとって魅力的な標的となるだろう。攻撃者が期待する投票結果を得られないとしても、干渉があったという事実は投票の正当性・信頼性を大きく損ねる。

 現在、日本では選挙プロセス(選挙活動や投開票等)の電子化やインターネット利活用が推進されている。選挙事務におけるオペレーションミスの軽減や(特に若年層の)投票率向上といった観点から、筆者はこうした動きを肯定的に考える。

各国の専門家は電子化やインターネット利活用が進んだとしても、適切なセキュリティ対策が講じられていれば、直接的に投開票結果や集計結果等が改竄されるリスクは低いと見積もる[12]。となると、残るリスクは候補者個人への攻撃や投開票妨害、有権者の合意形成や投票行動に影響を与える干渉のリスクである。

 選挙介入問題とのその対策は党派性を帯びやすく、国内政治上の対立に転化しやすい。これも攻撃者の狙いの一つである。

2018年台湾統一地方選挙の期間中、「中国のサイバー部隊が台湾に侵入している(中國網軍已經侵入台灣)」「介入反対、台湾を守ろう(反介入、顧台灣)」と訴えるテレビCMが放映されたが、企画・作成したのは民進党であった。しかし、一政党ではなく政府として警鐘を鳴らすべきであった。

米国も同様である。米オバマ政権が2016年大統領選期間中(投票日以前)、ロシアに断固たる対抗措置をとれなかった要因の一つは「行政府が大統領選挙に近過ぎるとの批判・警鐘を当然に懸念した[13]」ことと考えられている。

行政府は国内政治上の対立をマネジメントしながら、野党も含む挙国一致で選挙介入対策を講じる必要がある。

 

 


[1] ロシア政府とトランプ陣営の「共謀」が疑われている点については十分な証拠はないため、ここでは触れない。ロシアによる介入の詳細は川口貴久・土屋大洋「現代の選挙介入と日本での備え:サイバー攻撃とSNS上の影響工作が変える選挙介入」(東京海上日動リスクコンサルティング、2019年1月)の別紙を参照。http://www.tokiorisk.co.jp/service/politics/rispr/pdf/pdf-rispr-01.pdf

[2] 正規サービスを装った偽メール(例えば、Gmailのセキュリティ通知を模したもの等)を送り付け、対象者のパスワードを奪取しようとする攻撃手法。米起訴状によれば、セキュリティ会社が「Fancy Bear」「APT28」等と呼ぶハッキンググループ、すなわちロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)UNIT26165は2016年3月までに関係者300名超にフィッシングメールを送付した。

[3] DiResta, Renee, et.al., The Tactics & Tropes of the Internet Research Agency (New Knowledge, 2018), p.76

[4] 米国では1960年代に政府に対する信頼が急速に低下した。この解釈や要因について、シトリン(Jack Citrin)とミラー(H.A. Miller)が論争を繰り広げた。ロシアによる選挙介入と政治不信は、川口貴久・土屋大洋「デジタル時代の選挙介入と政治不信:ロシアによる2016年米大統領選挙介入を例に」『公共政策研究』第19号(2019年12月刊行予定)。

[5] 立法院公報第107巻第92期委員会記録(2018年10月22日)、312-313頁。なお、議事録の一部に「呂文宗」との表記があるが、「呂文忠」のタイポと思われる。議事録は以下からアクセスできる。「立法院第9屆第6會期內政委員會第8次全體委員會議」立法院ウェブサイト。

https://lis.ly.gov.tw/lylgmeetc/lgmeetkm?.a2fd005BB6B06100013000D000000010000^000002200C000063003f45

[6] 慶應義塾大学・加茂具樹氏による指摘(2019年8月7日)。

[7] 中国によるサイバー空間を通じた影響力行使について、JETRO・アジア経済研究所の川上桃子氏から貴重な指摘・示唆を得た。

[8] Paul Huang, “Chinese Cyber-Operatives Boosted Taiwan’s Insurgent Candidate: Han Kuo-yu came out of nowhere to win a critical election. But he had a little help from the mainland,” Foreign Policy (June 26, 2019).

[9] Andrew Sharp, “Beijing likely meddled in Taiwan elections, US cybersecurity firm says: Chinese hackers probably used cyber operations to help pro-China Kuomintang,” Nikkei Asian Review (November 28, 2018).

[10] ただし、資金提供先が国民党候補者(藍色的候選人)なのか、民進党候補者(綠色的候選人)なのかは「現在調査中」であるとして明言を避けた。立法院公報第107巻第92期委員会記録、312-313、316-317、334-335、341-343頁。

[11] 川上桃子「台湾マスメディアにおける中国の影響力の浸透メカニズム」『日本台湾学会報』第17号(2015年9月)、91-109頁。

[12] 情報セキュリティ大学院大学の湯淺墾道氏による指摘(2018年12月4日、2019年10月4日)。本文中でも指摘したように、米国の電子投票システムの改竄リスクは米国土安全保障省長官が「可能性はゼロではないが、難しい」旨と評価している。ブルッキングス研究所のドイツ人研究者シュテルルミュラー(Constanze Stelzenmüller)氏もドイツの投票技術について同様の評価を下している。Constanze Stelzenmüller, “The Impact of Russian Interference on Germany’s Elections,” Testimony before the U.S. Senate Select Committee on Intelligence (June 28, 2017).

[13] House of Representatives Permanent Select Committee on Intelligence (HPSCI), Report on Russian Active Measures, Majority Report (March 22, 2018), p.38.

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