エッセイ

新型コロナウイルス発生後の法の支配、民主主義、人権への挑戦-スウェーデ ンの視点より(和文翻訳)

[無断転載不可]

健康、経済、政治といった生活のあらゆる側面に影響を与えてきた新型コロナウイルスの パンデミックに対処するための正しい戦略と対策について、世界中あらゆる国々で重大な 議論が交わされてきた。何が正しい戦略なのか現時点では不明であり、本稿はその結論を 見出す試みではない。しかし本稿は、スウェーデンも他の国々も、法の支配、民主主義、人権という基本原則を尊重しつつ、ソフトな対策も積極的なパンデミック対策も講じ得ると論じる。

なお、私が「積極的な対策」と位置付けるのは、在宅を義務化し、小学校・レストラン・ バーを閉鎖するなどの、厳格なロックダウンである。基本原則を尊重したことはスウェー デンが採った対策に多少影響したかもしれないが、積極的なパンデミック抑制策の採用を 妨げるほどの絶対的な障壁にはならなかった。

スウェーデンにおける民主主義、三権分立、法の支配

はじめに、憲法や法律は、文化、伝統、歴史などの様々な要素が絡み合ったものであるこ とを前提として挙げておきたい。大陸ヨーロッパの国々の多くは、戦争、革命、対立政治 の歴史をたどっているが、これはスウェーデンには当てはまらない。スウェーデンが最後 に戦争を経験したのは1814年で、革命を経て民主主義や現在の社会を手にしたのではなか った。選挙権の段階的な拡大による普通選挙権の実現(1919年に法律が採択され、1921年 には男女共に初の選挙が実施された)を含め、民主主義は段階的な経済・社会・政治の改 革を経て導入されたのである。直感に反するかもしれないが、つい最近までスウェーデン の司法審査と三権分立は脆弱なものだった。議会と政府は慈悲深く、常に人権を尊重し君 臨するものだと前提されてきたからだ。

この認識が変わり始めたのは、1980年代、欧州人権裁判所によってスウェーデンが欧州人 権条約の義務の一部に違反しているとの判断が下された時からで、とりわけ1982年に始ま った土地収用に絡む Sporrong-Lönnroth 訴訟は、その歴史的な節目となった。これは1980年代に論争の的となっていた問題で、1995年1月1日に欧州人権条約がスウェーデン法に組 み入れられ、スウェーデンの国家機関や裁判所が国内レベルにおいて条約を直接適用でき るようにしたことで、実質的な解決をみた。これは、裁判所が政府の立法府と行政府との 関係性において、より独立した役割を付与され、自らもその役割を積極的に担うようにな った傾向の一端であった。

スウェーデンにおける臨時措

置法 戦争や革命、対立的政治がないことは、スウェーデンの民主主義と三権分立への姿勢に影 響を与えているだけでなく、他のことにも影響を及ぼしている。スウェーデンの憲法には、 平時の危機に対する非常事態宣言を可能とする規定がない(戦争時には可能とする規定が ある)。しかし、緊急時には特別な権限と臨時措置法が用意されており、それらについて 以下の二点により説明を試みたい。

第一に、緊急事態宣言によって政府が無制約の権限を手にするような規定を憲法に設ける 代わりに、個別の制定法に緊急事態下に使用できる条項が含まれるべきであるという事前 立法主義 (författningsberedskap/ “anticipatory statutorification”)と呼ばれる考え方がある[1]

スウェーデン政府には、新型コロナウイルスのパンデミック以前より、主に2つの関連付 いた権限が付与されている。

1) 公序法Public Order Act(SFS 1993:1617)第2章第15節に基づき、政府は、感染症蔓 延防止のために必要な場合には、特定の地域内における組織的な集会や公共行事の開催禁 止を命じることができる。この権限により、公共の場での集会は500人(2020年3月12日)、後に50人(2020年3月29日)に制限された [2]

2) 感染症予防法 Act on Protection Against Contagious Diseases(SFS 2004:168)は、政府、 公衆衛生局、各保健地域の「感染症予防」主任医官(chief “prevention of contagion” doctor / smittskyddsläkare)に様々な権限を付与してい[3]。感染症予防主任医官には、人を隔離することに加えて、スウェーデンに入国する人々の健康チェック・検疫・隔離を行うほか、 特定の疾病が社会全体にとっての脅威であると認定された場合には、感染症法Contagious Diseases Act第3章第8-12節に基づき特定地域を閉鎖するなどの臨時的な特別権限が与えられている(samhällsfarlig sjukdom)。疾病が社会にとって危険であるとの判断は、法律により 定義されるか、緊急時には政令で行われるかのいずれかとなる[4]。このような規制方法は、 緊急立法として認められている[5]。今般は、スウェーデン政府が2020 年2月1日に新型コ ロナウイルスを社会に危険をもたらす疾患として指定し、これが翌日に発効したことで、 感染症予防主任医官の特別な権限が発動された[6]

緊急事態下における国会の役割

第二に、他の多くの国々では、非常時おける臨時権限が既に政府に与えられており、実際にその権限が行使されているが、そのように政府が単独で緊急事態を宣言できる国々と異なり、スウェーデンでは、議会が政府に追加的な権限を与える必要があり(権限を発動させる機関が別にされている)[7]、それですら、スウェーデン憲法で「緊急事態」と明記され たものではない。これは、事前立法主義のもとでは、差し迫った危機において政府がより 多くの権限を必要とする場合を予見しきれないことに由来する。

コロナ危機の間、スウェーデン議会は、教育法(学校や大学の閉鎖を認可)[8]、計画・建築法(建物の目的外使用の認可、新しい建物の建設や取り壊しにおける障害の排除)[9]、感染 症対策法 Act on Communicable Disease Control (レストラン、バー、ナイトクラブ、ジムな どの閉鎖の認可)を変更した[10]。感染症予防主任医官は、現行法で既に感染症の蔓延が懸念される特定の飲食店を含む特定の空間を閉鎖する権限を認められていたが [11]、 改正法で は、特定の飲食店やバーごとにそのような危険性があることを説明しなくても、空間の閉 鎖を命ずることが可能になった。計画・建築法の改正は興味深いものがある。同法は、 2015 年の移民の危機当時、この危機に対応するには不十分であることが判明し、変更され た。同様に、新型コロナウイルスの流行に際しても、計画・建築法には、感染症対応の緊 急対策を可能とする条項が無かったため、法律が再び変更されなければならなかった[12]

この感染症対策法の改正により、政府はレストラン、バー、ナイトクラブ、ジムを閉鎖す るための、より広範な権限を付与された。2020年4月4日付けの法律の原案は、一般的な 用語で表現されており、一見すると、非常事態宣言をしたのと同等の権限が政府に与えら れるかのように見えるが、実は、政府権限の範囲をより限定的なものにすることを示唆す る内容(法審議の準備記録travaux préparatoiresの一部として)が含まれていた[13]

この法案の審議は、土曜日から日曜日までの24時間という非常に短い期間、限られた数の 公的機関への呼びかけで進められ、ストックホルム大学法学部を含むいくつかの機関が、 この24時間の審議期間中に公式見解を示した。そのうち、法制審議会(Lagrådet)は、協議プロセス、すなわち審議時間の短さと審議を求められた公的機関の少なさについて批判 的声明を発した。同審議会はこの声明において、政府に付与される権限は、法審議の準備 記録の中だけではなく法律の正文で限定されるべきであり、政府が議会に対して法律案を 提出する時期・期間をより厳格化すべきであるとした[14]

この法律(SFS 2020:241)は、2020年4月16日に議会で採択されて2020年4月18日に発 効し、2020年6月30日に期限が切れるという暫定的なものである。結果的に、政府が新た な権限(非常事態下と同等の権限)を求めてから利用できるようになるまでには14日かかった。政府に委任された権限は、今日まで使用されていない。これらの改正に加えて、政府は(事案によっては保健庁などの国家機関を通じて)いくつかの経済パッケージ(ビジネス支援、 一時的な休暇や解雇状態にある人々への支援地域や地方自治体への支援) を 採用し、いくつかの決定(高齢者施設への訪問禁止、 スウェーデン経由での EU 入国の一 時的な禁止バーカウンターでのサービスの禁止)と勧告(他国への渡航禁止)を発表した。

これらの措置の採択には、議会が招集されねばならない。むろん、新型コロナウイルスの ような感染症を封じ込めようとしている最中に、スウェーデンの各地域から議員らが参集 することが賢明かを問う声はあるかも知れない。この点を解消すべく、国会の政党は、新 法を採決するために出席する国会議員の数を人から人に減らすことに合意した。こ れは、政党間や、政府、野党とのバランスを保つ既存のセットオフ制度(kvittning)によ って実現したものである。通常この制度は、国会議員の中に複数の病欠者がいる場合に使 用されるが、今般この制度を用いた結果、55人の国会議員だけが投票することとなり、残 りの議員はある意味「予備役」となっている。

結論

スウェーデンによるアプローチの利点は、議会を停止させたり、政府に広範囲の権限を付 与し乱用リスクを抱えたりすることなく、国家や政府機関に限られた分野の限られた権限 しか与えない点にある。言い換えれば、スウェーデンは、危機下において統治者(すなわ ち政府)が無制限の権力を手にする方策とは対照的に、法の支配に基づいた方策を選択し ているのである。

他方で、上述のとおり、スウェーデンによるアプローチに潜むリスクは、将来起こりうる すべての危機を予測し、かつ、国家が必要とするツールを与えられるように、危機に先立 って各法令を設計することを議会に要請している点にある。制定法が適切に設計されてい ない場合、議会が危機の最中に法律を変更する必要があり、通常、政府はそれを行うこと ができない。

今回スウェーデン政府と国会は、憲法の範囲内にとどまり、必要と判断される法律や措置 を採用していく方針を採った。このスウェーデンの政策が正しいか間違っているかはとも かくとして、この方針が採られた根拠を、スウェーデン憲法と平時の緊急事態権限の欠如 に求めるには限りがある。これはむしろ、公衆衛生局による評価や勧告、また、その採用 を決定したスウェーデン政府の政策的判断に加えて、それらに至る歴史、伝統と文化によるものといえる。もしスウェーデンの政策立案者らが新型コロナウイルスのパンデミック を緩和するだけではなく、抑制することを選択したならば、憲法の範囲内で、非常事態宣 言を発することなく行うことも可能だったのではないだろうか。言い換えれば、新型コロ ナウイルスのようなパンデミックへの対抗として必要であれば、より厳格な封鎖をしなが ら、民主主義、法の支配、人権の基本原則を尊重することは可能なのである。

(近藤慈子訳、市原麻衣子監訳)

マーク・クラムバーグ博士
ストックホルム大学国際法教授 ストックホルム国際法・司法センター副所長

マーク・クラムバーグ(Mark Klamberg)はストックホルム大学国際法教授を務めている。 ウプサラ大学准教授(2013 年~2015 年)、オックスフォード大学欧州比較法研究所博士 研究員(2018 年~2019 年)、エジンバラ大学客員講師(2014 年~2020 年)を歴任。

Notes

1. Hirschfeldt, Johan, ‘Mänskliga rättigheter och andra konstitutionella kärnvärden när krisen slår till’ in Lind, Anna-Sara and Namli, Elena (eds), Mänskliga rättigheter i det offentliga Sverige (Lund: Studentlitteratur, 2017), at 198; Cameron, Iain and Jonsson-Cornell, Anna, ‘Sweden and COVID 19: A Constitutional Perspective’ Verfassungsblog: On Matters Constitutional 7 May 2020.
2. Förordning (2020:114) om förbud mot att hålla allmänna sammankomster och offentliga tillställningar.
3. Cameron and Jonsson-Cornell.
 4. Chapter 1, section 3 with reference to appendix 2 and Chapter 9, section 2, The Act on Protection Against Contagious Diseases (SFS 2004:168). Section 8-12 in Chapter 3 were added by 2014:1549 which was a response to the discovery of SARS 2003 , see Bill 2003/04:158 at 1 and 112.
5. Bill 2003/04:30 at 245.
6. Ordinance 2020:20 that the provisions of The Act on Protection Against Contagious Diseases (SFS 2004:168) shall be applicable for infections with 2019-nCoV.
7. Regeringsformen (Instrument of Government), chapter 8. See comment on chapter 8 by Cameron and Jonsson-Cornell, 2020.
8.  Lagen (2020:148) om tillfällig stängning av verksamheter på skolområdet vid extraordinära händelser i fredstid; which allowed the Government to adopt Förordning (2020:115) om utbildning på skolområdet och annan pedagogisk verksamhet vid spridning av viss smitta.
9. SFS 2020:253 Lag om ändring i plan- och bygglagen (2010:900).
10. The Act on Protection Against Contagious Diseases (SFS 2004:168), chapter 9, section 6(a)-(c).
11. The Act on Protection Against Contagious Diseases (SFS 2004:168), chapter 3, section 10; Prop. 2003/04:158 Extraordinära smittskyddsåtgärder at 71-73, 106-107;  Folkhälsomyndigheten, ‘Planering för beredskap mot pandemisk influensa’ 2015 at 54; on the issue of compensation (or lack thereof) to the owner, see Förordning (1956:296) om ersättning från staten i vissa fall vid ingripanden för att förhindra spridning av en smittsam sjukdom, sections 5, 8 and 11.
12. SFS 2020:253 Lag om ändring i plan- och bygglagen (2010:900).
13. Utkast till lagrådsremiss Ett tillfälligt bemyndigande i smittskyddslagen med anledning av det virus som orsakar covid-19, 4 April 2020, at 11-12.
14. Lagrådet, Utdrag ur protokoll vid sammanträde, 6 April 2020; see comment by Cameron and Jonsson-Cornell, supra note 181.


著者推薦その他参考資料

Emergency Powers in Response to COVID-19: Policy Diffusion, Democracy, and Preparedness,” Faculty of Law, Stockholm University Research Paper No. 78 (7 Jul 2020)

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