エッセイ

新型コロナウイルス感染症と国際秩序

新型コロナウイルス感染症との長い戦いは、個人のライフスタイルや経済のあり方にとどまらず、国内政治、さらには国際秩序に様々な影響を与えていくことになる。それは、経済損失だけから生まれるのではない。失われた人命の重さが説得力となり、さらなるパンデミックが発生するかもしれないという恐怖、地政学対立が反映され遅々として進まない国際協調への不信は増幅していく。グローバル化 [i]、先進国協調とともにあった国際秩序のあり方は岐路にある。自由主義を推進してきた国際秩序の将来を、この小論では考えてみたい。[ii]

 

これまでの国際秩序にとって、アメリカのリーダーシップ、またG-7にみられるような先進国間協調は重要な推進力だった。しかし、アメリカは有効なリーダーシップを発揮せず、EU各国もそれ以外の先進諸国も互いにそこまで協力をみせていない、現在の状況が権力の空白を作りつつあることは事実だ

この点に関連して、中国がいち早く沈静化に成功したこと、各国への支援を展開していることをもって、「権威主義体制に国際秩序が牽引されることになる、自由主義と民主主義に基づく戦後国際秩序への脅威だ」と主張する言説が広まっている。しかし、このような言説は分析的には拙速であり、さらに問題なことに、別の政治目標に同期づけられている場合もある。

まず分析として考えた場合、国際秩序において権威主義体制が秩序を牽引し始めているというにはかなり時期尚早だ。中国が賛美されるのは、その支援の早さと大きさであり、背景にあるハードパワー(経済力、軍事力などを指す)に過ぎない。もちろん、各国が自らの政治体制を全般的に見直すという動きには繋がっていない。新型コロナウイルス感染症を理由にリーダーが強権化を試みているハンガリーやイスラエルの事例は、国内事情によるものであり、中国に影響されたわけではない。そして中国のソフトパワー(言説が他者の行動に与える影響などを指す)も増しているとは思えない。

言説の背景には、アメリカ国内の議論が大きく、割り引いて考える必要がある。一方には、トランプ政権批判の文脈で、中国などの成功を主張するために、このような言説を行う向きがある。しかし、より目立つのは、対中強硬論との融合だ。過去2年間、首都ワシントンの連邦議員、研究機関や専門家は対中強硬論を強めてきた。保守系政治勢力は、新型コロナウイルスの発生を奇貨として、中国への強硬論に語勢を強めている。ウイルスの発生源をめぐるアメリカの一部報道(多くのはコラムニストの手による)や、権威主義による統治モデルがパンデミックで苦しむ世界に広がるという体制間競争を主張する言説は、この文脈を踏まえて読まれるべきだ。なお、それだけが原因ではないが、最新の世論調査では米国市民の間で中国に対する感情は悪化の傾向にある

「ディスコース(言説)の戦争」は、アメリカ、中国、ロシアなどが中心となり、拡大している。恐怖と不自由に直面した人々は、ネット空間に情報ソースも自己表現のはけ口も見つけ出そうとする。正しさを争い、不正を糾弾するディスコースは、平素を遙かにこえる量で拡散されている。そこに偽情報や、特定の国家のやり方を賛美するような情報発信も大きく入り込んでいることは言うまでもない。アメリカと中国の政府関係者による舌戦は、記憶に新しいところだ。担い手には、国家アクターだけではなく、市民や、民間組織(中小メディア、政治団体等)も多く見受けられる。非民主主義社会より発せられる情報に注意を要することは言うまでもないが、同時に、トランプ大統領が典型的だが、ポピュリストの手による発信も、その情報の政治性を理解するリテラシーを市民に要求する。

問題は、アメリカも中国も、自らの正しさを主張することに熱心でも、国際協調への関心は強くない、ということだ。さきの流行する言説をあえて言い換えれば、「自由民主主義体制のリーダーを自認してきたアメリカにも、権威主義体制(中国)にも国際秩序が牽引されないことが、戦後国際秩序への脅威」なのだ。WHOの例を出すまでもなく、国際機関などグローバルガバナンスのインフラですらも、大国政治に巻き込まれている。アメリカは政権交代したとしても、国内政治の分極化や財政制約を考慮すると、これまでのような国際協調に完全に復帰するとも思えない。それゆえ、国際秩序の未来を見通すと、主導する国が不在となり、G-7であれG-20であれ一部の国による協調も有効な手立てを打つほどの決定を行えない、リーダー不在の時代の登場は現実に近づいている

しかし、厳しい状況を前にしても、それを甘受する必要はない。過去二つの大戦に匹敵するほどのインパクトを持った国際秩序の組み替えが自由主義に立脚した秩序構築に帰結するためにも、新しい国際協調主義の模索を各国政府に強く求める市民の声が重要になってくるとの確信を、私たちは持つべきだろう。


[i] グローバル化が過去三十年間、経済社会活動、また国家間の協力など脱国境的な動きが進む世界を特徴付けてきた。そういったグローバル化の推進を支えてきた思想(グローバリズム)は、貧富の差の拡大や環境破壊、そして地域統合への反発などで揺らいできた。そして新型コロナウイルス感染症の蔓延は、グローバル化への反発をさらに強めることにもなりかねない。もちろん、行き過ぎたグローバル化により生じた負の側面、たとえば富の集中や気候変動は是正される必要がある。しかし、ウイルスへの恐怖が作用する形で、労働力の自由な移動が妨げられたり、これまで以上に外国人排斥の動きが強まったり医療システムへのアクセスをめぐる差別が横行したり、と危険な状況が生まれることにも警戒が必要だ。

[ii] 戦後国際秩序にとって、自由主義、民主主義の拡大は重要なことだった。その観点から見れば、感染症対策とテクノロジーの問題は重要な問いを投げかける。たとえば、感染症の流行を阻止するために、市民の移動や情報発信を管理することが実現可能なとき、それをどう考えるか。 詳細は別稿で論じたいが、ここでは、自由主義の原則を曲げて国家権力を常態的に強化することがあれば、それは戦後国際秩序の核心であった、自由主義の世界的拡大に逆行する事態になりかねないことを強調しておきたい。


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