エッセイ

新型コロナウイルス対策で配慮すべき第三の軸としての市民的自由

新型コロナウイルス対策の策定には、人命保護と経済的生存に加え、市民的自由に関する考察が必要である。これら3つの軸の間で妥協点を探る必要があるが、特に市民的自由の点で対策を効果的かつ支持されるものとするためには、情報透明性、説明責任、市民参加、取り組みへの制限設定が必要である。

世界は今、新型コロナウイルスのパンデミックに直面している。標準作業手続きでは対処不能な事態に、多くの中央・地方政府が緊急事態宣言を発し、人々の動きに制限を掛けてコロナウイルスの拡大抑制を図っている。各国政府の対策を規定しているのは特に、人命保護と経済的生存という2つの軸である。医療崩壊を予防し、重篤患者に対する適切な治療機会を確保しながら、人々の経済活動を継続あるいは早期に再開して、個々人の収入が絶たれないよう配慮した対策が行われている。

早々に感染拡大が見られたアジアでは、中国、台湾、韓国などが人々の動きを厳格に制限し、感染抑制の上で大きな成果を上げている。日本でも厳格な外出禁止措置を求める声が拡大し、日本政府も近く、感染者の行動経路を追跡するアプリの実証実験を開始する予定である。

しかし、人々の動きを厳格に取り締まることについては、市民的自由を第三の軸とした熟慮無しには取り返しのつかない事態になり得る。ウイルス拡散を抑制する方策は、国際人権条約をはじめとする制度に体現される人権規範を侵害するものであってはならないが、現在取られている近隣諸国の政策では、市民的自由を脅かす事例が後を絶たない。過去15年間見られてきた民主主義後退現象を反映し、権威主義国のみならず民主主義国においても身体的自由とプライバシー権の侵害が多発している。

最も根本的な人権としての身体的自由に対し、中国ではドローンまで用いた徹底的な監視が行われているが、最近では広東省においてアフリカ人を対象とした強制検査・隔離までもが行われており、恣意的かつ差別的選別にアフリカ諸国から反発が噴出している。ウズベキスタンでは軍が動員されて外出禁止令遵守の徹底が図られており、権威主義的統治スタイルが如実に表れたものとなっている。政府に対して身体的自由への制限を過度に認めれば、これが恣意的に利用される可能性も生じる。実際、中国では刑期を終えて出所した人権派弁護士が、新型コロナウイルスを理由とした隔離措置の名目で、出所後も家族の元に帰されずにいる

民主主義国でも身体的自由の侵害が見られる。自宅隔離違反者を射殺するよう指令を出したフィリピンのドゥテルテ大統領の例は、少数の感染者をスケープゴートにし、強い大統領を打ち出して大衆迎合を図るポピュリズムの手法を用いたものである。より安定した民主主義国の中でも、韓国は自宅隔離違反者に監視腕輪を装着して監視することを決定し、台湾は自宅隔離違反者を強制的に隔離施設に送ることとした。

こうした制限措置を補助する方途として各国で開発・利用が加速しているのが、ITを用いた個人追跡の動きである。中国では監視用アプリをスマートフォンにインストールすることが義務付けられ、個人にデータ提供の選択権を委ねることなく、政府は各個人の位置情報をはじめとする個人データを入手している。韓国は、携帯電話、クレジットカード情報、防犯カメラ映像などを用いて感染者の行動を追跡し、利用した公共交通機関や立ち寄った店の情報をウェブサイトで開示しているほか、海外からの渡航者には位置情報追跡アプリのダウンロードを義務付けている。個人名を特定しない情報公開であっても、感染者の行動詳細がネット上で公開されることで、行動範囲から結局個人が特定され、様々な嫌がらせを受けるケースが多々見られる。これはプライバシーの侵害にあたる。

コロナウイルスの感染拡大スピードの速さと致死率の高さを考えれば、人命を優先した措置を取る必要がある。しかし、その過程で発生する人権侵害は必要最低限に留めなければ、感染者の生存と尊厳を傷つけるのみならず、監視国家形成の素地をも整備し得る。では、効果的なウイルス対策のために、どこまで人権侵害を容認すべきなのか。どのような対策であれば支持を取り付けられるのか。この問いに対する答えは各地域の事情や文化によって異なり、一律の基準を設けることは可能でも望ましくもない。しかし一様に必要なのは、発生している現象と政府の対策に関する真実を市民が掴むために必要となる情報透明性と説明責任であり、政府に対するチェック機能を果たすための市民参加および取り組みへの制限設定である。

感染発生に関する真実の情報を提供することは、対策の基本的な第一歩となる。だからこそ韓国疾病管理本部が毎日行っている記者会見では新規感染者に関する情報開示が徹底して行われているし、台湾の中央感染症指揮センターも、ジャーナリストからの質問が途切れるまで記者会見を続け、台湾政府の政策に関する説明を行っている。

ただし、政府から発信される情報の信憑性を確保するためには、政府に対するチェックが働かなければならない。この点で重要なのは、報道機関や市民社会からの情報発信および人々の情報アクセスを阻害しないことである。

それにもかかわらず、偽情報の発信や混乱を避けるためとの名目で報道の自由が制限されている国が少なくない。国際非営利法制センター(International Center for Not-For-Profit Law)によれば、4月22日現在、22か国において新型コロナウイルス対策を名目として報道・言論の自由を制限する法令が制定されている。アジアだけを見てもウズベキスタンカンボジアタイフィリピンマレーシアにおいてこうした法律が制定された。それ以前から報道の自由が制限されている国と合わせ、報道の自由がますます脅威に晒されていることが伺える。

偽情報を抑制し混乱発生を防止することは必要ではあるものの、報道の自由が持つ政府のチェック機能の重要性に鑑み、偽情報対策は政府が行うべきではない。政府の介入を許せば、新型コロナウイルスの発生を告発した中国武漢の李文亮医師らの例のように、恣意的な言論弾圧が行われ、事態を悪化させる可能性すらある。日本でも新型コロナウイルス対策に関して厚生労働省がツイッター上で国内外の報道内容に反論する事案が度々見られるが、反論自体に不正確な部分があり混乱を招いているのみならず、報道の自由を侵害しかねない行為であり、行うべきではない。民間のファクトチェック団体、新聞社等が独自に行っているファクトチェック、および台湾などで用いられているファクトチェックボットなど、民間の取り組みにファクトチェック機能を託すべきである。

その上で、感染者の追跡については、個人情報を特定せず、政府による個人情報入手を可能としないなどの制限を設け、市民社会による監視を組み込んだアプローチを取ることが望ましい。その点で、欧州で開発された汎欧州プライバシー保護近接追跡(Pan-European Privacy-Preserving Proximity Tracing: PEPP-PT)のアプリが参考になる。PEPP-PTは欧州8か国にまたがる130名以上の民間研究者が協同する超国家的なプロジェクトで、本部は非営利団体としてスイスに設立される予定となっている。データ保護、暗号化、プライバシー分野などの研究所や専門家もメンバーに含まれ、EUの一般データ保護規則に準拠したアプローチを取っている。PEPP-PTの追跡アプリでは、利用者の位置情報を記録せず、ブルートゥースの信号のみを利用して濃厚接触の情報のみを共有し、個人情報はサーバーに残さない。個人を特定しない感染者位置情報のみはサーバーに保存されるが、アプリ削除後14日でサーバー上のデータも自動的に削除される。日本で開発されている追跡アプリも、民間のコードフォージャパンが主に開発に当たっており、ブルートゥースを使用している点でプライバシーに対する配慮がなされてはいるが、プライバシー保護の専門家・機関の関与を高めていく必要があろう。

情報透明性、説明責任、市民参加、そして明示的な制限を設定した取り組みは、政府と市民の信頼関係醸成に貢献することで、長期安定的な方策の形成に役立つ。人権侵害は市民が納得し、自発的に受け入れるものに留めるべきであり、それを可能にすべく各国政府は情報透明性、説明責任、市民参加、そして明示的な制限を設定した取り組みを行うべきである。


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